〈本の姫〉は謳う 3

“本の姫”は謳う〈3〉 (C・NOVELSファンタジア)

“本の姫”は謳う〈3〉 (C・NOVELSファンタジア)

  • 名場面ピックアップ

「争うことで、貴方は幸せになれますか?」
ネイティヴも貴方と同じ人の子です。
同じように家族を持ち、愛する者を持ち、守りたい者を守っています。
戦争で命を奪い、奪われて、幸せになれるものなどどこにもいません。」
(176頁)
アンガスの説得はこのも続くのですが、長いのでここまでで。


声と記憶を取り戻したセラ。
スペルの呪縛から解放されたウォルター。
新たに二人を伴い、一路カプト族の歌姫ホーリーウィングことセラの無事を伝えるためにカネレクラビスへと向かう。



あっという間に3巻まで来ました。
声と記憶が戻って格段に明るくなったセラは、ウォルターも「言葉遣いはいいのか悪いのか、時々わかんなくなる」と評するように丁寧な言葉と乱暴な言葉がごちゃまぜだったり色々と喋り方がおかしい。
これは2巻でも言ったことなので今更どうこう言うつもりもありませんが、セラの育ての親というアウランドが同じように奇妙な口調だったからそれが原因なんだろうなぁ。
それはそうとセラはどんだけアンガス好き好きすキスーなんだよ(笑)。
微笑ましいを通り越してついついニヤニヤしてしまう。


一方姫は、かねてから記憶が戻るにつれて気に病んでいたある事をアンガスに告白。
世界にスペルをばら撒いたのは自分。
しかし何故そんなことをしたのかは未だ思い出せない。
記憶が戻れば不安もなくなると信じていたのに、いまは記憶が戻るほどに不安が増すのだと言う。
そして、スペルを撒いたのが自分であり、それを回収するのが償いなのだとしたらそんなことにアンガスを付き合わせるわけにはいかないといい、旅の終わりを告げる。
のですが、そこはアンガスですから「ハイそうですね」と引き下がるわけがないわけで。
セラとアンガスの関係も見ていて心地よいものがありますが、同等に姫とアンガスも良きパートナーだなぁとしみじみ思えます。


さて、肝心のストーリーですがカネレクラビスへ向かう途中である一報を受けてお人好しのアンガスはまたも寄り道。
思いもかけぬ人物と再会を果たし、ひとつの街の危機を救う。
そののちに進路をカネレクラビスへと戻すのですが、ついにスペルの凶禍はネイティヴの聖地にまで及んでおり…。
となりまして、ここでもアンガスの非暴力主義が火を噴く!(非暴力が火を噴くってのもおかしな表現ですが)
これは1巻でローンテイルを説き伏せた時の言葉ですが、
「戦わないと決めたら、どんなに攻撃されても反撃しない。
これが僕の……力です。
そういう強さもあるのだと──理解していただけましたか?」
(略)
「何もせずに殺されるのが力だというのカ?」
「では──貴方に僕が殺せますか?」
アンガスは静かに問いかけた。
「武器も持たず、どんなに殴られても抵抗しない者を──貴方は殺せるのですか?」

決して力を、暴力を振るわない主人公。
腕力や特殊な力に物を言わせて相手を屈服させる事で信念や正義を押し通す主人公はどこにでも居ます。
それだけにそうではないアンガスの姿勢には非常に好感が持てるんですよね。
カネレクラビスの事態を解決した今回もその高い志とそれを貫く意志が見られる名シーンでした。
アンガスは主人公の鑑ですね。


とまあ、そんなアンガスですからセラがぞっこんになるのも無理からぬことなわけですが、そんなセラが何故ウォルターと偽りの婚約をしたのかが不明。
何となくアンガスのためなんだろうなぁ、と察しはつくけれど詳細が分からない。
2巻で明らかにならないままその辺についての話が終わってしまい、もしかしたら3巻で…と望みを繋いでいたのですが、やっぱり不明のまま。
読むのが人より相当遅い代わりにじっくり隅々まで読んでる自信はあるので見落としってことはないと思うんですが…。


尚、2巻では堕ちた第十七聖域がアンガス達の決戦?の舞台となるなどした天使族の物語の方ですが、いよいよ強いつながりが見えてきました。
ここまできたらおざなりにしていたこっちのストーリー紹介も一度ざっとやっておかないといけない。
まず、基本的にこちらの話は鬱展開のダウナー系です。
バッドエンドになることも初めから決まっているので終始暗い雰囲気の漂う話になっています。
以下、全然整理できてない事が露呈しまくりの駄文かつ長文による概要。
聖域と呼ばれる浮島があった。
そこに済む天使族と言われる人々は思考と精神を共有し、みんなが一人のために、一人がみんなのためとなるネットワークを築いていた。
そして1年に一度、100人の新生児がプラントにより生み出される仕組みになっていた。
しかしある年、99人が死に一人の新生児しか生まれなかった。
それが主人公たる“俺”
俺は精神の干渉力が強すぎ、思念を垂れ流しにすると周囲に悪影響を及ぼすとして幽閉の身となった…。



こんな感じの設定から始まりまして、やがて“俺”は何もかもが管理統一された聖域の社会システムに疑問を抱くようになり、それと同時にかねてより自身を苛んできた力に疲れ、死を持って自由となるために身を投げます。
が、思いも虚しく聖域から地上へと落下しても死ぬことがなく生き延びてしまうのですが、そこで地上の人と呼ばれる肌の黒い人(天使族は白い)らに迎え入れられやがて彼らと共に生きる事に自由と喜びを覚えるようになります。
しかしそんな幸福も長くは続かず、“俺”が身投げをする際に捨て身で放った聖域への問題提起が下級天使*1らに広まったことで社会基盤の崩壊した聖域から“俺”の持つ力を建て直しに利用するための魔の手が地上へ伸ばされ…。
と進み、天使と地上の人の戦争が始まり、戦禍は“俺”とその想い人である地上の人の依り代であり旗頭たる“歌姫”の仲を裂いた、というのが3巻までの流れ。


聖域の社会構造はファンタジー作品として良く練り込まれていると思うのですが、簡潔に説明しようとするにはあまりにも複雑。
それでもあえて強引にまとめると、行く所まで突き詰めた社会主義みたいなものです。
で、それに反する思想をもったものが政治犯として処罰され、処罰された者に共感を覚えていた“俺”もやはり聖域に絶望し中途半端に生きて力を利用されるくらいなら、と死を選んだという感じですかね。
まあ、それでも結局は死に切れずに地上で生きることになり、生き長らえてしまったことで更なる災厄を招いてしまった自分を責めるわけですが…。


尚、聖域はひとつではなく全部で22(23?)あり、そのそれぞれに十大天使やその上の四大天使などがいます。
そして作中では天使達は名前で書かれることがありません。
その代わりに名前の必要な登場人物は俺の他には十大天使しか出てこないため、個人名ではなくハニエル・ミカエル・ウリエルなどの役職名(総理とか幹事長とかそんな感じ)が個人を指します。
ますが、たとえばミカエルの前任者が死んで後任が就いても呼び名は共にミカエルなわけで、更には22全部の聖域に同じようにミカエルが一人ずつ居るため、文章中にただ「ミカエルが〜〜」とだけ出てくるとどのミカエルを指しているのかが読んでいて非常に分かり難い。
とりわけこの状態に陥るのがツァドキエルという人物というか個体名。
分かり難いだけで分からないような書かれ方はしていませんが、読む際に気を配る必要はあるかと。


とまあそんなわけで、アンガスの物語と同時に進行するもうひとつの物語を大雑把に紹介してみました。
3巻の感想と合わせたら随分な長さ。
これは酷い。


ちなみに1巻あとがきで「誤字脱字が多い原稿を直してくださった校正さま」といった言葉があるように校正がかかってても尚誤字が多い多崎さん。
と思いきや2巻はめっきり減ってほとんど皆無でした。
ところがこの3巻でまた目立ち始めてます(笑)。
最終巻はきちんとしていると良いなぁ。

*1:下級・中級・上級という階級制度があり、上級天使の中から選ばれる十大天使が主に聖域の運営を担っている。