微睡みのセフィロト(早川復刻版)

微睡みのセフィロト (ハヤカワ文庫JA)

微睡みのセフィロト (ハヤカワ文庫JA)

作家冲方丁の原点にして起点たる傑作SFが待望の復刊。
されたのに、買うだけ買って一年半も読まずにほったらかしだった。
悪い癖である。
という話はさておき、本作は世界を破滅の間際にまで貶めた戦乱において相対した陣営が、17年の歳月の後にある事件の解決を目指し、共同捜査を開始するという物語である。


さて、未だ確執を抱えた両陣営だが、その一方を代表する治安機構に、もう一方を象徴する存在が派遣されてきて捜査協力をすることになって・・・というくだりで始まる本作。
この薄さ(200頁ちょっと)で実に見事な完成度だ。
原義上のデビュー作は『黒い季節』であるが、あちらは見るからに荒削りであり、未完成も良いところであった。
であるならば、作家冲方丁の始まりはまさにこの作品であると言っても過言ではないかも知れない。
文体こそ違うが、それほどにマルドゥックシリーズやシュピーゲルプロジェクトなど後の作品に通じるものが感じ取れるのだ。
故に、上述した作品のいずれかにでも興味を抱きつつも未だ手をつけていない人は、複数冊に渡らず一冊限りで完結している本作をまず読んでみると良いだろう。


ただし、併せて断っておきたい点として文体の他に、主人公の性質の違いを挙げたいと思う。
上述した各作品のほか、以後の冲方作品の大半は迷いながらも答えを求めあがき続けるのが主人公像として共通している節があるが、本作の少女ラファエルには迷いはない。
己が中に確固たる答えを持ち、それを信じ揺らぐことの無い強さがある。
彼女は既にある種の境地に達している=完成した人間である観があるため読者の側が不安やハラハラした思いに晒されることはない。
したがって未完成の主人公に感情移入することで、時に悩み、焦りや不安を抱えつつも目指す喜びへと到達する冲方作品特有のジェットコースターのような起伏感は味わえないだ。
(あるいはもう片割れの主人公であり、ラファエルよりも遥かに年嵩のあるパットの方が不安定な側面を帯びているか。)
無論、それは欠点だというのではなく、この作品がもつ個性としての話であるのだが・・・。


いずれにしても作家冲方丁を知る上で欠くことのできない一作であることは間違いない。
必読の一冊である。