ゴールデンスランバー

ゴールデンスランバー

ゴールデンスランバー

  • 本作の名場面

「まあ、気にすんなよ」
「どうせおまえじゃねえんだろ」
「おまえがあんな事件の犯人なのかよ。違えだろ」
(300頁)
信じてくれる人が居たからこそ最後まで戦えた。


首相暗殺の濡れ衣を着せられた男は、巨大な陰謀から逃げ切ることができるのか?
伊坂的娯楽小説突抜頂点!精緻極まる伏線、忘れがたい会話、構築度の高い物語世界──(帯より)
鳴り物入りで首相に就任し、民衆の期待を一身に受けた新首相─金田。
しかし大仕事を何一つ成し遂げることなく就任後初めての地元凱旋となるパレードで無残にも殺害されてしまう。
そして実行犯として認定され、手配を受け全国を敵に回した男─青柳。
だが、彼は首相暗殺の犯人などではなかった。
彼はJ・F・K暗殺の犯人として歴史の闇に葬られたリー・ハーヴェイ・オズワルド*1の立場に立たされたのである…。

と、始まる500ページに及ぶ大作。
ハリウッド映画にしたらさぞウケるだろうというミステリー的スリラーです。


読みごたえが凄い、というのはもはや言うまでもないかも知れません。
「読ませる力」はいつもながらに素晴らしい。
精緻極まる伏線との煽りも伊達ではなく、伏線の回収もさることながら「あんなどうでも良さそうな所に張られてたのか」とその張り方に唸らされるがしばしば。
また本作では伏線の回収の仕方も溜めに溜めて終盤に怒涛の回収をみせるのではなく、ポツポツと徐々に回収させることで読み手に解かせながらストーリーを進行させていく体を成しています。
故に、緊迫し切迫した青柳の逃亡の最中にも度重なり挿入される暢気な学生時代の回想に何の意味があるのか、それも全て後半から分かる仕組み。
これだけの質量を伴いながらも無駄は一切ないと言ってよいかと思いますから焦れず、取りこぼさない様場面場面にしっかりと注視しておくのが良いっすね。


またそういった構築の妙といった技術の面とは別に、感情面でも読者に強く訴えてくるものがあり、個人的にはそちらに強く魅入られたところがあります。
青柳の親友森田がのこした「人間の最大の武器は信頼と習慣」という言葉の中でも前者、「信頼」はこの作品においてかなりのウェイトを占める重要な要素。
青柳の父が記者相手に語る件のシーンでみせる信頼も涙抜きには読めない所ですが、それ以上に冒頭に挙げた場面に感極まるものが…。
わけも分からず巨大な濁流に飲み込まれ憔悴し、何より精神的に疲弊し切っていた青柳に物語の展開上一番初めに「信頼」を見せてくれるこのシーン。
おまえちょっと感情移入しすぎだろと自分でも自嘲しましたが、この場面には目が潤む程度じゃ済まずに涙腺決壊させてしまいました。


そういったわけで、死神の精度以降の作品をスルーし続け久しぶりの伊坂作品となった今回ですが、個人的に傑作と位置づけている『魔王』のそれを凌ぐ感動と「作りの巧さ」を堪能。


尚、素晴らしい作品にも関わらずやや賛否が分かれている原因と考えられる結末についてはどちらとも言えない曖昧な感想をもっています。
これじゃあダメだろとも言わないけれど、いやぁこれで良かったよねとも言えず。
(以下ネタバレ部分)
あのまま公然の前で無実の証明に漕ぎつけそこから一も二もなく円満なハッピーエンドとなるのはさすがに現実的ではなく無理がある話ではあるからそういった「巨大な陰謀」への反撃的展開を望みはしないまでも、やはり逃げるしかないのか、逃げるにしても陰謀の手によってだけではなく自らも「青柳雅春」を社会的に殺しての結末でなければならなかったのか…とどうしても身勝手な欲求が募ってしまったんですよね。
カタルシスに足らない、とでも言えば良いのか。
あまりに出来が良いと完璧を求める消費者の悪い癖みたなものですね(笑)。
作品は無条件にお薦めできるほどのものだと思っています。

*1:未だ真相は解明されておらず、諸説ある内のひとつが「オズワルドはハメられたのだ」というもの