〈本の姫〉は謳う 1

“本の姫”は謳う〈1〉 (C・NOVELSファンタジア)

“本の姫”は謳う〈1〉 (C・NOVELSファンタジア)

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「私は彼に生きる目的を与えてやりたかったのだ。死に場所を与えてやったわけではないのだ。
なのに彼は、いまだに火中に飛び込むような無茶な真似をする。
そんな彼を見るたび、私は不安になる。
『どうして一緒に旅をしてくれるのか?』と尋ねるのは容易い。
が、『死にたいから』という答えが返ってきたら?私は──私は何と答えればいいんだ?」
(227頁)
普段尊大な態度でアンガスを下僕と呼ばわってる姫が本当はどれだけアンガスを大切に思っているか良く表れている場面かな、と。
巷に跋扈するような安っぽくものでない場合はツンデレも良いものですね。
実はこれ以上に取り上げたいシーンがあるのですが、それはあえてここでせず3巻の時にでも引用しようと思っています。


多崎礼なる作家が面白い作品を書くらしい。
そう聞いてからはや一年、ようやく多崎作品のひとつに触れてみたわけですが、なるほどこれは確かに。
どこからか借りてきたオマージュっぽさのない世界観を創り出し、それを読者が頭の中で構築・展開できるよう伝える技量があるように思えます。
「圧倒的な筆力と緻密な世界観」という煽りも伊達ではないです。


全4巻のシリーズ化となっているタイトルの1冊目。
ジャンルとしてはファンタジーど真ん中。


今は亡き天使族が書き残した本と文字(スペル)が特別な意味を持つ世界。
「滅日」と呼ばれる大災厄により世界に飛び散った四十六のスペル。
それらは人の精神を冒し蝕む邪悪な存在であった。
アンガスは意志を持ち喋ることのできる世界に唯一の本“本の姫”とスペルを回収する旅をしている。
姫はスペルをひとつ収めるごとに記憶を取り戻し、すべてを集めた暁には体も取り戻せるのだという。
生きる事に疲れ、生を捨てようとした青年アンガスと彼に生きる目的を与えた本の姫。
二人の旅路の果てに待つものは…。



という“本”が世界の鍵となる独特な世界設定。
鉄道や自動二輪の存在などは近代を思わせるも、それ以外は中世かそれ以前を感じさせる時代風景。
著者の中でしっかりと世界が出来上がっている印象がありありと感じられる構築力を持った作品ですね。
それ故に稚拙な文しか書けない俺がどう説明したところでこの世界における本や文字の事は半分も伝わらない気がします。
その辺はもう一見にしかず、という形で丸投げにしたいと思います。


そんなわけで作品のもつ世界がとても魅力的なわけですが、肝となる登場人物も負けず劣らず精鋭揃い。
海賊・山賊的な風貌とは裏腹に非暴力主義を貫く優しき青年アンガス。
対して、体も持たず一度本が閉じられてしまうと喋る事も姿(ホログラムみたいなものと考えて下さい)を現すことも出来ないのに好戦的な姫。
アンガスを尻に敷き、こき使っているようでいながらその実彼女?の方こそ彼を必要としている節が感じられるのには好感を持たずには居られません。


また、この作品では滅日以後の天使なき世界を旅するアンガスの物語と同時にかつての天使族を描いた物語も進行します。
この二つの話は交互に進行するわけですが、いまにとっての過去である天使族の物語が必ずやアンガスと姫の話に繋がるであろう構成が予期されるおもしろい構成になっています。
いまはまだリンクする要素はほとんど見られませんが、後々何がどういう風にどこへ結びつくのか想像しながら読むのも面白いです。
既に4巻中3巻までリリースされているので、早いとこ続きを買ってこなきゃ。