雪蟷螂

雪蟷螂 (電撃文庫)

雪蟷螂 (電撃文庫)

  • 今回の名場面

「でも」
流れる涙の代わりに、その声ばかりが濡れていた。
「でも父もきっと、フェルビエを殺しました」
握り締めたタペストリーに力が込められる。
「族長さま。フェルビエの族長さま。どうぞミルデにいらして下さい」
祝福いたします、と言う少女はまるで、雪を運ぶ妖精のようだ。
「この婚礼に祝福を。私は、私たちは、もう、許されたい。──許したいのです」
(139頁)
雪解けの足音は確かにすぐそこにありました。あとは聞こえぬふりをせず、耳を傾けるだけ。


白で世界が埋まる極寒の山脈に生きるフェルビエとミルデ。
三十年の長きに渡り憎み争いあってきた二つの部族は、互いの族長の疾病を期に停戦を向かえる。
さらに十の冬を越えた暁には、両族長の実子が婚礼を交わすことで停戦を和平と成し、部族はひとつのものへ融和せんとする誓いを立てた。
そして十年の時が過ぎたいま、美しくも若きフェルビエの族長アルテシアはわずか二人の側近を伴い、我が身をもって和睦を大成させるべくミルデの集落へと向かったのだが・・・。
これは、雪原をも溶かす激情と身を焦がさんばかりの恋を描いた物語。



第13回電撃小説大賞「大賞」受賞作『ミミズクと夜の王』にて鳴り物入りでデビューした紅玉いづきさんの三作目。
今回もテーマは「愛」
恋が人を狂わせ、狂った者が融和の道行きを狂わせる。
しかし狂った歯車が新たに恋を育ませ、その恋が真の融和への足がかりとなり・・・。
巡り巡る愛を描いた感動作です。


これはあとにも書きますが、今回は絶対的な主人公というものが居ないとも言える作りになっています。
それゆえ過去二作品のように特定の一人に深く感情移入し、その成り行きを見守るといった体とは若干異なります。
もう少し広い視点から、幾人かの人物とふたつの部族を見守る物語といった印象がする一作ですね。


さて、本作は『ミミズクと夜の王』『MAMA』に続く「最後の“人喰い物語”」と銘打たれています。
しかしそれらとは若干趣を異にする点もあります。
過去二作品は人と異形のものの恋を描いていますが、本作は人と人の物語です。
また、核たる主人公こそいれ、ただその者一人の恋を描くのではなく幾人かの女性(と相手となる男性)の恋とその行く末が描かれています。
(あくまで女性が主眼となっている点は過去と同様です。)
そしてそれらすべてがハッピーエンドと呼ぶに差し支えないものとなっており、読後感はかなり良いです。
但しその分ひとつひとつの恋に対する掘り下げと愛の強さを感じさせる奥深さはやや物足りない。
一人の愛を追求した『ミミズク』とこの作品のどちらが良いかは個々人で好みの分かれるところかも知れません。追及


いずれにしても、個人的には今回も申し分ない一作。
一応は三部作の最後の作品ということでひとつの区切りとされているようですが、受賞作での一発屋に終わらない紅玉さんの次なる世界に期待。