天地明察

天地明察

天地明察

本作は時代小説でありながら刀が振るわれることのない戦も剣豪も無縁の物語である。
本作は綿々と受け継がれてきた日本の文化を変えたとある男の物語である。
名を渋川春海
後に数学と称される「算術」を駆使して天文学に挑み、江戸の一大事業に身を賭し生涯をかけ成し遂げる。

大いなる挑戦を描いた魂を打ち震わせる大作、ここに極まれり。


遅読なる我が読書力をもってしておよそ十時間。
2日かけてようやく読み終えることができました。
開いてわずか二・三十頁で「これは面白い」と確信させ、頁を繰る手を止めさせなくさせるだけの小説がどれくらいあるでしょうか。
久方ぶりに誰に憚ることもなく傑作!と声を大にして言える作品に出会った想いでいっぱいです。


さて、冒頭にも書いた通り本作はいわゆる武士のお話ではなく、いまでいう学者さんのお話です。
碁打ちとして類まれなる才を有しながらも形式ばったものとなってしまっていた当時の碁の世界の狭さに飽き、己が人生を費やすべき場を求めてふわふわしていた齢二十二の男、渋川春海
算術を趣味とする彼は、幕内の重鎮からある任を命じられる。
そうして、活躍の場を求め活力を持て余していた若者がその才気を見込まれ、動き出す。
多くの挫折と喜びを重ね、精力を傾ける春海。
しかし、彼の若さゆえに多くの者が彼より早くに世を先立ち、その願いを託して逝ってしまう。
それが発奮の糧となるうちは良い。
だがひとたび、その想いに応えることあたわず、という絶望に苛まれた折にはそれは彼に重くのしかかるものとなり・・・。


という物語。
それまでの荒々しい展開から一転、暦法を確立させた後の淡々として落ち着いた展開もまた終幕に向けての余韻を醸し出しており、感慨深げ。
実際に暦が採用される前後の流れなどは、あまりの平穏さにある種拍子抜けを覚えるほどでしたが、春海にとっては暦法を掴んだ時点でこれまでとは一転して、その先のことは確信に基づいた平坦な道のりであったのかも知れないとすら思えるようでした。
心なしか彼の所作にも堂に入った様子がうかがえたほどです。


多くの人物との交流、託される願い、それに応えんと邁進する春海の姿。
穏やかで決して驕ることのない彼の人柄も相まって、拳を握り締めてその行く末を応援したくなる思いに駆られること必至です。
普段時代小説になじみのない方も、ぜひ手にとって見てください。


余談。
かくいう僕も時代小説なぞこれまで読むことなくきたために、文字を読むのに苦労しました。
単純に人名や漢字が読めないことが他のジャンルの文芸作品に比べて圧倒的に多いのです。
ひとえに無学ゆえのことではありますが、これにルビが振られないのか・・・と読めない自分を嘆いたりもしました。
ことその点に関してだけは、普段からこういったものに慣れ親しんでいない人には敷居が高く思えてしまうかも知れません。


さらに余談。
伝統ある各種文学賞に関しては選考基準というものを存じていないためまったく見当もつきませんが、おそらく本屋大賞においては三位以内に入ってくることはほぼ確実かと思われます。
というかゴールデンスランバーも大賞だったことですし、大賞なんじゃないですかね。
選外となる要素が考えられるとすれば、刊行時期が選考の締め切りに近すぎることくらいでしょうか。
認知される前に・・・ってケースですね。
まあ、それも選ぶのが買う方ではなく売る方なのであまり関係ないと思いますが。
来年4月が楽しみです。
良くも悪くも大賞受賞作は飛躍的に人目につくようになり、それだけ手にとってもらえる機会が増えますから。