マルドゥック・ヴェロシティ 1
- 作者: 冲方丁
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2006/11/08
- メディア: 文庫
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戦争によって何かしらの障害を負った兵士が治療を兼ねた肉体改造を受け、戦線に再投入されるための軍研究所があった。
しかし、終戦により必要性を失ったどころか、その有する所の武力・技術力等の危険性から廃棄処分を受けることになる。
そこで研究所の幹部は政府との交渉により各々の持論に基づいた打開策に乗り出す。
その内のひとつが、社会へ出てこの技術を必要とする人々の役に立とうというものであった。
この道を選んだ元・兵士達は重要な事件の証人を“保護”する新法「スクランブル09」に携わり、その主軸を担うことになり、任務をこなすうちに知らずしらず街全体を取り巻く大きな事態に関わっていく…。
『マルドゥック・スクランブル』以前を描く冲方さんの完全新作。
毎度稚拙な表現だけど、これはいい。かなり面白い。
「スクランブルが好調だったから先生にはこれをシリーズ化してもらおうか」といった編集サイドのこすい考えから生まれた類の作品ではない!と確信させる出来栄え。
加えて、本当に新作といった体を成していて、前作を読んでいようがいまいが一切関係なく楽しめる内容に仕上がってる。
率直にいって、個人的には前作よりこっちのが断然良いってくらい。
特に良い点は、あらゆる小説の要ともいえる登場人物。
武骨なボイルド。
人語を介すが、この時点では人間の細かな機微などにはまだ完全な理解は及んでいない成長途上のねずみ、ウフコック。
彼ら前作と共通のキャラクターに加えて、冷静沈着な盲人、同じく冷静な猟犬、情報通のキレ者と知りたがり屋の相棒、童顔の格闘
しかもこれだけの個性による掛け合いの愉快さもある、と。
たとえば、
ウフコック:「オセロットは、本当に心が強いな」羨ましげなウフコック。「どうしたら、そんな鋼のような心を持てるんだ?」
オセロット:(前略)。「お前は不確定要素に心を砕きすぎる。二分後のことに集中して、二分前のことは忘れろ」
ウフコック:「とても無理だ。二分前のことを忘れようとするうちに、二分間経ってしまう」
など。っても、前後の文脈もなく抜粋じゃおもしろくもないかも知れないけど…。
更にこれだけでも十分なものがあるのに、今回は前作に比べて“相手(敵)”が判然としていないところがある為、ちょっとしたミステリーの風情まで伴っているという盛り込み具合。
また、内容と文字量の多さに対する工夫なのか状況説明などの地の文が、一見すると小説にそぐわないように考えられる箇条書きや連続した体言止めの文・記号を用いるといった書き方をされていて、これが意外と良いカンジ。
具体的には、
虹色の玄関/滝の落ちる壁面/三十二階まで吹き抜けになったエントランス──その中央=時間ごとに光線と音楽と水の形を変化させ、企業のロゴを映し出す噴水。
オープン前からすでに三分の二以上も高級店で埋まったテナントの店名札──数々の文化施設。
もう一つの都市を出現させたような立体的な生活空間。
といったように「/」や「=」、「──」を使った何かのレポートにもみえるような文章が多々あるといった塩梅。
あー、なんか大分長々と書いちゃったのでもうこんなところにしようかにゃ(;´ー`)
最後に『スクランブル』既読の人向けにいくつか。
- ボイルドとウフコックは前述の通りで前作と本作に根本的な違いはないんだけど、イースター博士がまるっきり別人のよう。イースターファンだったのでちょっと残念…と思いきや、前作の博士を彷彿とさせる人物がいたりするからどういった経緯で博士がああなるのかを推測しながら楽しめそう。
- 文体から何まで全く前作とは風情が違うから、前と同じようなものを期待して買うと失敗するかも。まあ、前よりもおもしろいと思うし、どんな風に思って買っても後悔はしないだろうけど(笑)。
- 今回はブッタ切りで次の巻へつなぐ終わり方にはなっていない。前の方がこっちより発売間隔が空いてたんだから前作でこそそうすべきだったんじゃ…。
*1:2巻で相棒のハザウェイが29歳と判明したので訂正 ジョーイもそれに近い年齢と考えられます 10代後半〜20代前半だと思い込んでたよ