烙印の紋章

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「ガーベラは騎士の国ぞ。
国の約定を違えてメフィウスに刃を向け、何で騎士を名乗れようか。
どうして先祖の英霊に顔向けできようか。
さあ、わたしにつづけ!」
 (311頁)
これで齢十四の小娘とは驚嘆に値する。


顔が良く似ていた。
ただそれだけの理由で外せぬばかりか顔を焼かれるような痛みを生む仮面を顔に張り付け二年もの歳月を過ごした剣奴隷─オルバ─
だがしかし、運命のいたずらからその仮面が剥がされる時が来たとき、奴隷としての彼の未来は大きく変わった。
良くも悪くも…。
これは、ある日を境に奴隷から一躍一国の皇子の代役へと転身することになった男とその后となる命運を授けられた隣国の姫の物語。



ある日突然一国のお偉い方になってしまったら、というファンタジー作品。
とはいえトントン拍子に成功を収めていくご都合主義的なサクセスストーリーというわけでもない模様。
(というか、そうであっては面白くないのでそうであって欲しくない)
奴隷の身分から解放され自由を手にしたかのようでいても、貴人には貴人の要人には要人の不自由というものがついて回るのが世の常。
果たして彼は自由の身を勝ち得たと言えるのか。
そしてまた、いまの地位を彼の真の望み─他ならぬ自国への復讐─を成就すべく活かせるのか。
ここまでは主人公の片翼メフィウス人オルバの物語。


この作品にはもう一人主人公がいます。
それが上述したオルバが扮する皇子の后となるガーベラ国の姫─ビリーナ。
十年に渡る祖国と敵国の戦争に終止符を打つべく、齢十四にして政略結婚のために単身敵国に身を投じた女性にしておくには惜しいとまで言われた気骨ある少女。
何を隠そう彼女自身メフィウスを野蛮なる国と謗るほどの和平反対派であり、素直に政略結婚に応じたのもこのまま泥沼の戦争を続けるよりもメフィウス内部から突き崩す事を考えた方が民草のためになると思ってのこと。
彼女は思惑通りに皇子を意のままにできるのか。


かたやかたや生まれも育ちも卑しき急造の貴人、かたや生まれついての貴人。
民衆のためにというビリーナの考えと行動も、何を隠そうそういった貴族の考えに振り回され最下層で泥水をすすってきたオルバにとっては皮肉でしかない。
その一方、あくまで成りすましである以上それを画策した人物とオルバ以外はメフィウス皇子がそのような生まれ育ちのものとは知る由とてなし。
それはビリーナとて例外ではないため、身分に言動や思想が一致しないメフィウス皇子(オルバ)もまたビリーナからすればある種滑稽である。


といった具合に面白い構図が出来上がる物語。
そしてそういった設定が故に、平民が羨む貴人には貴人の、貴人が時に身分も重責も捨ててそうなりたいと憧れる平民には平民の苦悩や葛藤がある様も描かれるなどしており、存外に丁寧な作りになっている印象を受けます。
ストーリーとしてはこの1巻で一応のまとまりを成してはいるものの、やはりシリーズ化を前提とした序章というのが現実のところ。
無事に2巻以降がリリースされることを望みます。