葉桜が来た夏

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「もし、私が人間だったら、私達は友人になれただろうか。」
学は眉をひそめた。何を言っているんだと思った。
「おまえはどう思ってたか知らないけどな、少なくとも俺はおまえを友達だと思ってた。高校に入ってただ一人の、お節介で変てこな友人だってな。」
 (265頁)


新人作家さんによるある夏のボーイミーツガールストーリー。


驚異的な身体能力、高度な科学技術、そして赤目。
それ以外は何ら人類と変わることがない“女性のみで構成される”異星人アポストリ。
19年前、琵琶湖に漂着した彼女らと日本人は意志の疎通も取れぬまま戦いを始めた。
どちらが滅びるまで続くかに思われた戦争。
しかしこの殲滅戦に終止符を打つある出来事が起きた。
以来、この戦いは悲しい行き違いとされ、彦根周辺は居留区と称される特別地域となり、日本人とアポストリが共存してゆくために様々な取り決めがなされた。
その内のひとつが、“共棲”という居留区民に課された人間とアポストリの同棲。
本作の主人公─南方学─もまた葉桜というアポストリ評議会議長の姪との共棲を課せられた一人の男子高校生となったのだが…。



ということで、設定自体はありがちなこの作品。
年頃の男子の下に女の子がやってきて共棲?
ああなるほど、よくあるラブコメとかハーレム系か。
というのは間違い。
物語の主眼はそこにはなく、異なる種族が相互理解を築くまでに重きが置かれています。


それというのもすべて学が殊更にアポストリを毛嫌いしているから。
曰く、彼は幼少の時にアポストリによって母と妹を奪われた。
だから彼にとってアポストリは憎むべき、忌むべき存在であり、家族を殺した奴と同じ種族の連中はみな滅べば良いと考えているのです。
まあなんと中二病的な発想!と呆れかえる所ですが、そんな彼の凝り固まった考えを解きほぐし正常な思考へと導くのが他でもない葉桜。
そしてまた、他でもない学の父─南方恵吾─は19年前の事件以来、日本とアポストリの間を取り持つ親善大使の役を担っており、そんな彼の息子とアポストリの議長の姪の共棲ともなれば、大人たちの政治的な思惑もが背景にあるわけで…。


といった塩梅に構成され物語が進行して行くわけですが、率直に言えば序盤をある程度読んだだけで葉桜との共棲の意図や母と妹を殺した人物や結末など大方の筋書きは予想出来てしまいます。
意外性があるとは言い難いのが正直なところです。
そしてまた、当初こそ「(アポストリと馴れ合うくらいなら)死んだ方がマシだ」が口癖であった学の態度が軟化していく過程(流行のツンデレですね)、軟化してからの言動などなど、とかく独創性に欠ける観は否めません。
とはいえ、それはすでにこのジャンルが手垢まみれであることを踏まえれば致し方ないこと。
難点はむしろストーリー展開が性急にすぎる点にあるでしょうか。
この質量で大きな世界観とその一部を体現している二人の出逢いからゴール?までをすべて書き切るのは無理があった様子。
文章やその流れにも読ませる力はあるかと思えるだけに惜しい気がします。
ひとまずはデビュー作ということもあり、荒削りな試金石というのが正しいかも知れません。


ところで、葉桜よりよっぽど灯日の方がヒロイン張っちゃってるのは気のせい…ではないですよね。
冒頭のピックアップの会話も葉桜とではなく、灯日とのものです←ネタバレ)
この作品のヒロインは灯日、これで間違いなし!
そして「人気投票とかやったら葉桜負けそうだなぁ」とか愚にもつかない心配(想像)を。


ちなみにどうでもいい話ですが、琵琶湖湾岸は親戚の住まい(但し西岸)がある関係から馴染み深いところ。
作品の舞台である彦根米原の東岸もつい二週間ほど前に行って来たばかりであり、作品内の情景がある程度頭に浮かぶのはなかなかおもしろい体験でした。