晴れた空にくじら〜浮船乗りと少女〜

晴れた空にくじら 浮船乗りと少女 (GA文庫)

晴れた空にくじら 浮船乗りと少女 (GA文庫)

余所で目にした面白いという評判で買ってみた一作。
これは確かに面白い。
シリーズになるようで、この先が楽しみにできる新作に出会えました。


さて、あらすじや感想の前にとりあえず作品の世界観や設定をご紹介。
時は1900年初頭、明治37年
所は黄海を中心とした中国・朝鮮一帯。
舞台は日露戦争の渦中。
そしてここからがSFというかファンタジーとなりまして、雲の遥か上…空には浮鯨(ふげい)と呼ばれ空に浮かぶ不思議な生物が居る世界。
(以下、文章力不足のせいで無駄に長くて要領を得ない解説になっている気がします。だるっと思われましたらいっそ読み飛ばした方が良いです。なので、フォントは小さめにしておきます。)
その鯨からは浮珠(ふじゅ)と呼ばれる浮力を持つ器官を取り出すことが出来、人々はそれを船を飛ばすための力として利用している、という設定。
そしてこの浮珠。
便利ではあるものの万能ではなく、ひとつで浮かせる事の出来る重量はきっかり250kg
不思議と個体差や劣化による減衰はなく、それはすばらしいことなのだが、反面融通が利かない。
(サイズ調整のできない風船と思ってもらえれば解り易いかも)
10個積むことで浮き上がる船体ならば11個積む事で浮上が始まるのだが、そのままではドンドン浮上し続けてしまうため、浮きすぎないよう錘を積んで均衡を取らなければいけない。
しかし離陸前は錘を積むだけで良くても一度飛び立てば上空で新たに錘を入手する手段はなく、高度の調整…まして降下・着陸はどうしようもない。
そこであらかじめ12個以上の浮珠を積み、高度を下げる際はこれを割ることで降下を図るのだが、上述の通り融通が利かない代物であり「半分くらいの浮力に…」といったことはできない。
0か250か。
浮珠を大量に積む事のできる大型船であれば1個や2個の違いは大した問題ではないが、10個や20個しか載せられない小型船ではこれはシビアな問題。
1個割ったら急速に降下し始めるわけであり、浮珠がひとつ減った状態で重量と浮力の均衡が保てるよう今度は錘の方を投棄しなければならない。
そして再度上昇を図る際は浮珠はそのままに今度は錘だけを捨てて…という作業となるが、浮珠も錘も有限なので上がったり下がったりは何度も出来るわけではない。



とまあ、この設定による縛りのおかげで作中では非常に面白いストーリー展開をすることに成功しています。
まさに発想の勝利。
といった面白要素が唯一のファンタジー要素。
他は日露戦争など、ある程度史実に沿いつつ現実的な話。


そしてそういった世界で空運業の一員をやっている雪平(ゆきひら ではなく、せっぺい)と捕鯨船の乗組員であったクニという少女が主役。
以下、あらすじ。
中国大陸はロシア領奉天にて、自社の浮船が故障により飛べなり暇を持て余す青年─雪平─
そうして日がな空を見上げ続けて1ヶ月。
腐りかけていたところへ「そのフネ、私にください」と転がりこんできた少女─クニ─
さりとて、浮珠も浮船も決して安い代物ではないどころか、浮珠に至っては大変高価で貴重な代物でありおいそれと譲るわけにもいかない。
そこでとりあえず詳しい事情を訊くことにするのだが…。



と始まればまあ、ボーイミーツガールストーリーが始まるのが定番で何のかんのとありつつクニが雪平に好意を寄せるようになり…とならないのが逆に良い。
そしてクニはキャッチーでこそあれいい加減溢れ返り過ぎてて大概なツンデレ系でもなく、魅力的なキャラクターではあるけどこんなコ現実は絶対居ないだろ…といった妄想産物的な人物…*1でもない至って普通のコ。
悪くいえば平凡ですが、物語ではなく人物で奇抜さを衒うことの多いライトノベルとしてはかえって安心できる感じのする作品です。


また、若干のネタバレになりますが、自分が乗っていた捕鯨船がロシア軍に撃墜されたからその報復をするために船を欲しい、と雪平の元へきたクニ。
それに対して、軍船でもない輸送船で軍隊相手に復讐戦なんて…
と、常識的かつ冷静な方向へ進む展開も好感が持てます。
確かに民間船で単機、復讐に挑む展開ってのもアツいしそれはそれで見てみたい気もしますが、やっぱりそうじゃないだろ、と思うわけで。
この辺りは個々人の好みによって大きく分かれるところかと思いますが、個人的にはこれらの点などがやけにしっくりきた事が大きいですね。
「なんだ、またこの手の作品か…」とうんざりすることが全くなかったので久しぶりに2巻以降が楽しみなシリーズです。

*1:極端な性格やドラマチックな境遇、そもそも外見は同じでも人間ではないとか異能力者だったりする、とかそういったもの