とある飛空士への追憶

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫)

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫)

  • 今回の名場面

「ファナ」
中越しに、シャルルの声が聞こえた。
いまの言葉はきっと「撃て」という合図だとファナは思った。

その時、千々石に電流走る。


先般一年越しに新作が発刊されシリーズ化された作品の第一作目。
かねてより評判は伺っており読もう読もうと思っていたので今更ではあるが良い機会、ということで読了。
なるほど確かに、これはなかなかに良い。


ストーリーの骨子はシンプル。
傭兵あがりの飛行機乗りが腕を買われてとある要人を遠く離れた本国へ輸送する任務を描いたもの。
そしてまあ、傭兵が青年で要人が少女、という話なわけですが、詳しくは下の概要で。


大瀑布が東西を分かつ大洋を戦場に戦争を重ねてきたレヴァーム皇国と帝政天ツ上。
一時は瀑布の東側、天ツ上の領土をも侵略したレヴァームであったが、近年目を見張る技術躍進を遂げた天ツ上の反抗により戦況は難局化し、戦線は中央海にまで後退した。
そんな戦局にあって、敵陣真っ只中に取り残されることとなった東側のレヴァーム占領地サン・マルティリア。
飛空士シャルルはかの地の貴族の私兵団で腕を振るうエース級のパイロットである。
そしてある日、彼に軍部のお偉方より「次代の皇妃を乗せ、単機敵中翔破1万2千キロ」という任務のパイロットとして打診がきて・・・。



と、詳細はこんなところ。
レヴァームは階層制度が深く根付いており、その中でも最下層に位置するシャルルと最高峰にある次期皇妃との身分の差は計り知れない。
プロペラ機での中央海横断任務であるため、行程は4〜5日に及ぶ任務。
そして後席に乗るのがヒロイン──ファナ・デル・モラル
光芒五里に及ぶと称される絶世の美女である貴族の息女。
政略結婚の道具として育てられ、長く続いたそのための教育により「自身は商品でしかない」と心を閉ざした少女。
実は奇しくもシャルルはそうなる以前の幼き日の彼女を知る人物であり、変わり果てたその様子に違和感を抱きつつも任務のため空へ飛び立つのですが・・・。
この先は概ね予想通りと言える定番の展開です。
そういった意味では目新しいものがあるわけではないのですが、定番なれどベタになりすぎず、しかし着実に抑えるべきところを抑えた構成が良いですね。


結末にしてもロマンや夢物語に捉われ過ぎず、現実味を帯びた良識の範囲内で起こり得る最良のラストを向えていると言えます。
少し・・・いやかなり?の寂寥感を伴う最後は気持ちの良い読後感を与えてくれるんじゃないでしょうか。
その他、何度かあるプロペラ機同士の織り成す空戦を描写したシーンも状況を頭の中で思い描くことのできる表現や文章の組み立てが成されており、物語に程良い緊迫感と冗長さを取り払う効果を与えているように思えます。


といったわけで、評判に納得の一作でした。
新作も出来得る限り早く読んでしまいたい。