ヴァンダル画廊街の奇跡

ヴァンダル画廊街の奇跡 (電撃文庫)

ヴァンダル画廊街の奇跡 (電撃文庫)

過去の様々な芸術作品が規制され、世にあることを封じられた時代。
そんな世界にあって、あえて禁忌を犯し封印された名画を壁面に堂々と描くテロリストが居た。
人は彼らを破壊者──ヴァンダルと呼び、密かに称賛した。



映像記憶(写真記憶)というものをご存知だろうか。
時にこの能力に長けた人が、余所で見た風景をまったく別の場所で精巧に絵として再現できるといった話がある。
本作の主人公はこれを更に昇華させた特技をもっている。
まるでカメラで撮ったかのように目に映ったものを記憶し、プリンターのように再現できるだけに留まらず、それが絵画であればその筆致や色味から絵具の重ね具合まで再現できるのである。
まさに完璧な複製がそこに実現するのだ。


さて、上記を踏まえた上で本作の概要について。
世界が三度目の大戦を経験して以降、思想を統一し恒久的平和を築かんという大義の元に世界政府なる枠組みが樹立する。
戦前の芸術の数々が彼らの管理下において規制され、封印された。
かつて愛した音楽を、彫刻を、そして絵画を奪われた人々はこれを世紀の悪法として反発したが、それも今より少しばかり昔までの話。
厳しい管理と徹底した弾圧に人々は諦めにも似た思いでこの戒めを受け入れつつあった。
だがしかし、指定を受けた作品は公開と所持の禁止こそされど未だ処分を断行する法は施行されておらず、政府の管理により保存されている。
これは絵画とて例外ではなく、世界各地の美術館に封印されてある。
そして、そんな絵画をいま一度衆目のものとするべく、建造物の壁面へと巨大な複製画を描く者が居た──。
というお話。


ゲストとなる登場人物が壁面に描かれた彼らの「心に残っている一枚の絵」を目にし、芸術を失ったことで立ち止まり停滞してしまった心を揺り動かされるという成り行きの幾つかのショートエピソードで前半部をつづり、後半部をヴァンダルが何故危険を冒してそのような行為に及ぶのか、そして何のために・・・というストーリーでまとめている。
尚、世界政府や言論弾圧といった設定の整合性は割とおざなり。
かなり無理のある設定で、その辺の突き詰め方の甘さは新人ならではの未熟さだろうか。


総評としては物語が魅力といった風であり、登場人物は影が薄い。
しかもその物語も起伏に激しいという類ではないため、率直に言って地味な作品である。
しかし作品が醸す物静かな雰囲気は気味が良く、物語の締めくくりも後味が良い。
近頃の流行りからは大いに逸れてはいるが、個人的には好みの作風。
また、「一風変わったものを世に打ち出す」という観点からすれば、実に受賞作らしい一作だとも思える。
意欲的な作品として評価したい。
決して大売れするタイプではないが、ライトノベル業界にはこういった作品も廃れさせず出し続けてもらいたい。