幕末魔法士−Mage Revolution−

幕末魔法士―Mage Revolution (電撃文庫)

幕末魔法士―Mage Revolution (電撃文庫)

もし幕末の世が、当たり前のように魔法の存在するものだったら──。
そんな奇抜なアイデアを軸に繰り広げられるファンタジー幕末伝。
第16回電撃小説大賞、「大賞」受賞作。


さて、先に総論めいたことから書きますが、今回は伸び代よりも既にある程度の域に達している完成度が重んじられたようです。
その辺は奨励賞などに任せ、即シリーズ化できるだけのものが大賞になった、という感じでしょうか。
全体的によくまとめられており、文章や表現も実に手堅い。
読みやすく分かりやすく、そして鼻につかない。
新人といった感じがまるでしません。
まちがっても「ばくまつ魔法士!」という雰囲気ではないですね。


ただ、逆に設定は奇抜と賞したものの斬新というほどではなく、内容的には意外と平凡です。
そして、折角の「江戸時代に魔法」というコンセプトもあまり活かされておらず、別に魔法がなくても良いんじゃ・・・と思えるほどで、存外に拍子抜け。
堅実な反面、思ったより地味だったなぁというのが率直な感想です。


尚、時代は幕末なので当然幕府政権下の鎖国状態にある江戸時代。
なれど舞台は江戸ではなく、松江藩などの出雲地方となっています。
主人公も長州出身の藩士となっており、(シリーズ化したとして)今後も関東が主戦場になることはないかも知れません。
また、史実の人物も名前だけではありますが、多少出てきます。
司馬遼太郎を尊敬しているということもあり、その影響も受けているようです。


そのほか、登場人物についですが、表紙の子がそのまま主人公です。
TOPのアーチェとすずを足して割ったような外見をしているなぁと思ったりも。
この伊織ですが、性格的には割と人間が出来ています。冷静沈着型。
この時代ならばこの年齢でもすでに成人扱いなので、不思議なことはありませんね。
が、相変わらずというか何というかテンプレ的なツンデレ要素も付加されており、パートナーとなる相手にだけは態度から何まで割と粗暴です。
流行りの?気が強いヒロイン。
照れ隠しに暴力、といった場面もゼロではありません。
これに対して、相方となる冬馬は熱血正義漢。
しかし押し付けがましい正義を振りかざすのではなく、善悪は見る側によってひっくり返るという点をきちんと弁えているから好印象です。
馬鹿というのとは違いますが、小賢しさのかけらもない阿呆といった風体。


そして基本的にはこの二人のかけあいが一番の肝となるわけですが、上述の通り二人とも比較的人間ができているので、ラノベの主人公ペアにありがちな酷い有様にはなっていないのが最大の魅力。
見解の相違や意見のぶつかりあいは茶飯事ですが、罵詈雑言をぶつけあうだとか頭ごなしに相手を否定するといったことはなく、結構相手を尊重しています。
その上で、これこれこうだからそれは違うであるなどといった対立をする感じで、これが好印象。


最後に若干のネタバレも含みますが、戦闘描写に関してはあまり良いとは思えませんでした。
いわゆる大ボスを倒す最後の場面も冗長に感じられてしまって余計なものに感じられ、残念。
そしてこれはある種仕方ないのかも知れませんが、窮地になると覚醒する超人的な無敵要素が含まれています。
これに関しては好み次第だとは思いますが、シリーズ化される上で「困ったら無双」で解決してしまうというのが既に知れてしまったのはややマイナスな気も。


というわけで、鮮烈な印象はないものの手堅い文章と完成度の高い構築力を魅せた作品でした。
シリーズ化向きの作品としてはなかなか良い読み応え。
続編が出るのならまあ、買っても良いかなと思います。