天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ上

『復活の地』以来、数年ぶりとなる小川一水さんの長編作品。
しかもこのボリュームは過去の長編作品を大きく上回る全10巻が宣言されている。
過去最大スケールでお送りされる長大SF作品、その実力やいかに。


西暦2803年、人類が地球を飛び出してから実に数百年。
様々な惑星へと入植を果たした人類。
メニー・メニー・シープはそんな入植惑星のうちのひとつ。
だが、この星の住民が置かれる現況は決して良くはなかった。
それもこれも、入植直後から始まった臨時総督による独裁政治が300年にも渡って続いてきたからである。
この星の人々に未来はあるのか。
それは、どこにあるのか・・・。


さて、冒頭書いた通り今回の小川ワールドは長編作品であり、閉塞感漂う小惑星を舞台としている。
そして、主人公はその惑星の一地域に居を構える医師カドムである。
かと思いきや、割と場面場面に応じて主役が頻繁に入れ替わる。
正直なところ誰が主人公なのかよく分からない作品だ。
別な言い方をすれば、誰もが主人公足り得る群像劇とも言えるのだが、あまりにも場面が二転三転するためどのシーンも遅々として進展が見られないのが少し歯痒い。
じっくり腰を据えて付き合う必要がありそうだ。


これはひとつに、本作が相当のスケールを持つ長編であるからであると思われる。
そのため広げられた風呂敷は過去の小川作品に例を見ない規模であり、この先の展開および物語の行き着く先などは遥か彼方にあり、この第1巻だけでは到底見通すことはできない。
この点をどう評価するかで本作に対する満足度は大きく変わってくるだろう。


ちなみに、個人的な感想としてはいまのところ若干の物足りなさを覚える。
というのも次のような理由からである。

物語開始直後に未知の感染症が発生し、医師カドムがその対処に乗り出す。
この展開を見た当初、「おぉ、今度の小川作品は医療ものか」という期待感を掻き立てられた。
が、現実にはこの件は早々に解決し、その後カドムが医師としての活躍を見せる場面はない(2巻以降には当然あるものと思われるが)。
そして、話は一転していまこの星の住民が置かれた環境への問題提起へと移る。
そこでスポットが当たるのが、カドムの友人でもある人物であり、彼を擁する武闘派として知られる一族。
そんな彼らがある事件をきっかけに、長年準備してきた総督への反攻を開始する!
のかと思いきや、これまた肩透かしな流れとなり、未遂となる。
結局、彼らはクーデターを起こすことはなく、新天地を求めて物語の舞台を別の場所へと移してしまう。

とまあ、こういったようなことが続き、悉く期待を裏切られるのである。
超長編の第1巻なのだから仕方ないと言えばそれまでではあるが、この1巻からはこの作品の方向性が見えてこない。
伝わってくるのは、とにかくスケールが大きいのだということとやたら登場人物が多い(しかも誰を中心とした物語なのかは不明)ということだけである。
つまるところ、ナンバリングが1である上にその上巻に過ぎないこの1巻だけで判断及び評価をするのは早計であり、不可能。
ここはひとつ出費を惜しまず、もう1・2冊読んでみる必要がありそうだ。